鳴り砂でも有名なイタンキ浜に隣接する潮見公園内に、この失われた室蘭の湿原をモデルに「獲物のあるビオトープ」づくりを進めてきました。
現地は断崖絶壁の東のはずれに有り、砂浜と海浜植物の豊かな群落、海岸段丘の草地から沢水の有る急斜面、そして背後の小山へと、いくつもの地形的・生物的要素がコンパクトに集中しています。ここに、沢水を利用して湿地と水路を配し、植樹を進めることにより、ふる里の多様な生き物を育むことができます。
ホタルなどを復活させるためには、百メートル程度の水路長が目安になるといわれます。また、子ども達が「獲物の有るビオトープ」で自由に遊び、採取しても容易に回復するためにも、グランド程度の広さが最低限必要です。小山と海に挟まれた五千平方メートル程の一画を、水路と湿地を中心としたビオトープに想定し計画を組立てました。斜面の小沢はザリガニも生息し、水質も良く通年涸れることも無いのですが、水量が少ないのと砂質の土地であることから防水工事が必要になります。
具体的には、水路、湿地等の水域とする部分の地下1mに防水シートを埋設します。シートの端は二分の一程度の角度で地表直下まで持ち上げ、むだな流出、
ビオトープの造成は2006年に着工、年々着実に造成をすすめ、2011年春の工事で造成計画を完了することができました。延長200m、面積2000m2の水域は急斜面の小さな沢水によって潤されています。この水源の沢水は通年涸れることはないのですが、流量は降水量により大きく増減します。ユースホステルのある緩斜面から展望台のある小山の南斜面にかけてが集水域で、扇の要のようにビオトープに集まる地形となっています。
2012年5月4日の雨は128.5ミリで、日降水量としては過去90年間で6位に当たりますが、ビオトープからの排水は2基の雨水桝が余裕をもって機能していました。流人した沢水は順次流れ下り、末端から溢れる分は下雨水桝から外の砂地に排出されます。大雨で途中の水位が3cmほど上昇すると中間にある上雨水桝からの排水が始まります。上下2基の雨水桝により記録的な豪雨であっても余裕をもって対応できます。
一方、晴天が続き沢水の流量が減ると供給不足となり水位が低下することとなります。 2000m2という水域の広がりは「この沢水の供給力の下での最大面積を求めた」という側面もあり、日射しが強まり、梅雨前線が本州に停滞する初夏のころがビオトープ・イタンキの渇水の季節となります。2012年5月中旬から8月にかけて平年の二分の一レベルの少雨の状態が続き、下流側の水位低下が進んで一部水深の浅い部分が干上がりました。渇水に際しては、水路のデザインや堰の調節により、下流側から順次水位低下が進み上流側の環境が保たれるように調整しています。
造成完了後二年あまり、この間に日降水量6位の豪雨と平年の二分の一レベルの少雨が3か月以上も継続、と両極端のテストを受けたことになります。砂質の土地に遮水のシートを埋設して造成した水域は想定通りの性能を示し「合格」と言えます。
1998年の活動当初から積み重ねてきた準備が大変役に立ち、自然の回復は順調に進んでいます。導入した室蘭在来の淡水魚トミヨが順調に繁殖し、これを狙ってカワセミが姿を見せるようになりました。最近では、室蘭で見かけることも無かったといわれ、イタンキでの自然回復が順調な証しであり、「カワセミに自然回復の合格点をいただいた」と言えます。
また、1999年から準備をすすめてきたホタルの復活は、2006年の造成のスタートに合わせて飼育幼虫の放流を行い順調に定着しました。「空」「陸」「水」の全てを要求するヘイケボタルの定着は、造成された水域全体が良好であることを示しています
これら短期間で効果の見えるものの他に、植樹など数十年のスパンで効果の現れるものも有ります。潮風最前線への植樹は活動の早い段階から進めてきましたので、カシワやミヤマハンノキなど実生の苗木も、早いものは10歳を超えて3〜4mに育ち、少しは木立らしくなってきました。しかし、この海岸林にセミの鳴き声が響くようになるには、まだかなり時間を要することでしょう。
トンボの羽化やホタルなど季節のテーマに沿って当NPOが呼びかける観察会の他に、トンボやサカナが捕れるという話が伝わって、アミを持った親子の訪れも増えてきました。数十名もの小学生が長靴にアミを持って参加する授業としての「自然体験学習」も次第に受け入れ可能となり、海陽、絵鞆、高砂、大沢などの小学校がこれを利用しています。
子ども達が小さな生き物にかかわるということは、現実にはその生き物を死なせてしまうことがほとんどです。しかし、このことの積み重ねの中からこそ「命のはかなさと大切さ」が理解されていきます。リセットボタンひとつで「全てやり直しがきく」バーチャルな体験に満ちた現代こそ、身近な生き物と接しながら生長することは大切です。
自由に遊びかつ採集もできる「獲物のあるビオトープ」を作ることにより、子ども達が身近な自然に接しながら生長できる環境づくりを進めていきます。
Copyright © Specified Nonprofit Corporation Biotop Itanki, All rights reserved.