土木工事が終わり、砂泥の窪地に水を湛えただけの殺風景なひろがりに、どのようにして、室蘭らしい生物の群集を再現するか?荒地に芽生えて数か月で開花・結実する草花がある一方、長年月かけてできる森の林床にのみ育つ草花もあります。同じことは動物にも言えます。
ビオトープの周辺は多様な地形的要素がコンパクトに集中してはいますが、古くから人に利用されてきた土地であり、その外側は海と市街地です。移動能力が大きな鳥や昆虫、綿毛のある種子でなければ容易に入り込めません。淡水魚はもちろん、ホタルなどでも広い市街地を越えて分布を広げることは困難です。
トミヨやエゾホトケドジョウ(絶滅危惧種)など、失われつつあった室蘭の在来種のいくつかを先行実験池「鶴の雫」で繁殖・保存してきた数年来の準備を活用し、先駆種の導入・定着から始めました。
生物を介した物質の循環という面からみると、すべての生物は生産者、消費者、分解者に分けることができます。太陽光線をエネルギーに、生産者としての緑色植物から始まり、食物連鎖からなる消費者を経て、ついには分解者により無機の分子にまで分解され、再び生産者により利用されます。
古くはエトモヘと続く交通路であったこの地は、ガケ下にミズバショウの湿地が広がっていたとのことですが、その後放牧地に、戦争の時代には射撃場・砂鉄の採掘、そしてゴルフ場が移転した後は、臨時の駐車場としてブルでナラされた荒れ地のまま、冬季の雪捨て場として半ば放置されてきました。
2006年よりビオトープの造成が可能となり、これに合わせて潮風最前線への植樹や水辺の植物の導入を進めています。
(1)海浜植物
イタンキは、繰り返された撹乱により樹木は失われ多くの外来植物が侵入していますが、砂浜と斜面には意外と多くのものが残されています。海浜植物としてはハマナス、ハマボウフウ、ハマハタザオ、ハマエンドウ、ハマヒルガオ、ハマニガナシロヨモギ、オカヒジキ、コウボウムギ、コウボウシバなどが狭い範囲に見られ、コンクリートの護岸が多くなった今では貴重な群落となっています。
(2)海岸草地の花
斜面から草地には、キジムシロ、ナミキソウ、エゾカンゾウ、ノハナショウブなども多く、見落としてしまいそうな可憐なヒメヤブランや沢水の浸み出すあたりにはミズバショウも残っています。またセリ科の大型種オオハナウドやアマニュウ、さらに3mにもなって巨大な花のテーブルを広げるエゾニュウも夏のイタンキを特徴づけてくれます。
(3)潮風最前線への植樹
イタンキの環境は市販されている一般的な苗木では到底無理なので、活動の早い段階から独自に潮風に耐える樹種の実生苗木を育成してきました。地元の海岸近くに自生する樹種を調査し、海に面した斜面に苗圃を作り種子から育てて3〜5年、50cm位に育ったものを潮風最前線に植樹してきました。
2005年、カシワ、ズミ、ミヤマハンノキなど240本を植樹。以後毎年周辺への植樹を続け、2011年春までに2,000本を超え、早いものは樹高3〜4mほどに育ち、少しは「木立ち」らしくなってきました。
(4)水辺や水中の植物
オカトラノオやエゾクガイソウなど蜜源となる植物の他に、失われた室蘭の湿原を想定して周辺から導入したカキツバタ、ヒオウギアヤメ、エゾミゾハギ、ヤナギトラノオなど水辺を彩るもの、花は目立たないがミクリ、ガマ、サンカクイなど水辺の景観をつくるもの、ヒシやヒツジグサをはじめ浮葉・沈水植物など水草類も多くのものを導入し適性を観察しています。
(5)埋土種子
トンボとミジンコの卵を目的に、2007年春に5リットルほど投入した田の表土からの嬉しいオマケ。ヒメガマ、オモダカ、ミズアオイ、カヤツリグサ3種ほど、シャジクモなどが生えてきました。
(1)哺乳類
2007年夏キタキツネが近くの岩場で繁殖しました。雪上にはウサギの足跡が見られ、晩秋には苗木の食害防止のトラップに、顔がまるくシッポが短いエゾヤチネズミとシッポの長いアカネズミが捕獲されます。
(2)鳥類
地球岬へと続く渡りのコースにあたるので、春秋に見られる種類は多い。ヒバリ、コヨシキリ、ノビタキなどがビオトープの周辺で繁殖し、ハクセキレイが頻繁に水浴びに来ます。近くの断崖ではハヤブサやイワツバメが営巣し、冬季には空中に静止して獲物を狙うノスリの姿が良く見られます。地表すれすれを飛んで狩りをするチュウヒやコミミズクの見られることもあります。
繁殖した淡水魚トミヨを狙ってカワセミの姿も見られるようになりました。
(2)爬虫類
ニホントカゲが近くの岩場や草地で繁殖しています。シマヘビが現れることもあります。
(4)両生類
先行実験池「鶴の雫」に導入したエゾアカガエルが順調に繁殖し年々数を増やしています。このオタマジャクシを子ども達がビオトープに放流。成長の良いものは翌春、大部分は2年目の早春、まだ雪の残っているころに回帰・産卵します。
ニホンアマガエル
2007年に子カエルを導入、2009年に初めて繁殖を確認しました。♀が2年目に成熟することもわかりました。2010年には数も増えて、ホタル観察会の人々を盛大な鳴き声で迎えてくれるようになりました。
エゾサンショウウオ
数回導入されていますが、まだ産卵は確認されません。
(5)淡水魚
かつては、急斜面を下る沢水は雨が降ると水溜りができ晴れると乾く状態でしたので、ビオトープの魚類は「失われた室蘭の湿原」をモデルにすべてを周辺から導入することになります。
トミヨ
室蘭在来のものを、先行実験池「鶴の雫」で繁殖・保存してきました。造成されたビオトープに子ども達が放流し順調に繁殖。生育も良く飽和状態が続いています。
イトヨ
2007年5月、室蘭水族館の協力を得て、川に遡上する前に海の定置網に混獲されたものを淡水に順化して放流。繁殖に成功して、20ミリほどの若魚が高密度に見られるようになりました。通常、川で繁殖するイトヨは夏の終わりに降海します。このビオトープから溢れる水は海までは届かないので防護のネットを設置しましたが、8月初旬、未明の豪雨に乗じネットを越えて一斉に流下、全滅して陸封に失敗しました。
2010年秋から2011年5月にかけ、幌別川砂防ダムの陸封個体群を導入、繁殖。残留個体の有無など経過を観察中です。
エゾホトケドジョウ
室蘭在来のもの。繁殖していますが、まだあまり多くありません。
フクドジョウ
チマイベツ川産。礫底の流水に見られる種ですので、ビオトープでの繁殖には無理があるかも知れません。
ドジョウ
チマイベツ川、アヨロ川などから導入。繁殖、順調に増えてトミヨの次に多くいます。
ジュズカケハゼ
北桧山産、2009年秋導入。繁殖に注目します。ヌマチチブや魚食の傾向が強いといわれるウキゴリなどの導入についても検討中です。
(6)甲殻類
ニホンザリガニ(絶滅危惧種)とヨコエビがこの沢水に自生しています。
スジエビ
チマイベツ川産など、数回導入しましたが子エビの確認はできていません。
(7)昆虫
水を張った翌日にはアメンボが飛来、数日後にはマツモムシ。2006年の小さな池でも両者は多数繁殖しました。2007年はミズカマキリも繁殖、銀ピカのイトヨの子を吸っている姿が多く目立ちました。2008年にはガムシの繁殖がみられ2009年にはかつては北海道には分布しないとされたハイイロゲンゴロウそして、ショウジョウトンボも頻繁に目撃されました。さらに、2010年にはクロスジギンヤンマの産卵も観察されています。多様な地形的要素が集中しているイタンキは「水域」が加わることにより、さらに多様な生き物を育むことが可能になってきました。
渡り鳥のコースとしてもよく知られる地球岬に続くイタンキは、北海道では越冬できないヒメアカタテハがよく見られます。開けた草地にはジャノメチョウが多く、クサフジなどマメ科を食草とするツバメシジミやルリシジミも見られます。イワミツバやセリにはキアゲハの幼虫が見られることもあり、晩秋の苗圃ではサンショウの若木にアゲハの幼虫も見られます。
ヘイケボタル
活動の当初から「室蘭のホタルの復活」は大きな目標でした。古い話を聞くと「いたる所にホタルがいた」と言います。白鳥が泊る湾に面して干潟や湿地が続いていた古い地形・環境を想えば当然のことです。しかし、経済の高度成長の時代を経てホタルの生息できる環境は失われ、石川町の一部を除いて、室蘭は「ホタルの絶滅地域」です。
1999年白老で行われた北海道ホタルの会のシンポジウム「ホタル自然復帰研究交流大会」に参加するなどして知見を深め、タネ親の導入元について検討しました。室蘭らしい自然の再生という目的から安易な「購入」を退け、虎杖浜地区の野生のヘイケボタルをタネ親に、2000年以来、累代飼育を続け、放流できる環境の実現を待ちました。
造成がスタートした2006年夏から2007年秋にかけて合計1280匹の飼育幼虫を放流し、以後は放流を止めて定着・繁殖の経過を観察してきました。少数からのスタートでしたが、羽化・発生数は順調に増加し、放流した幼虫の影響が無くなった2010年夏発生したホタルは全てがイタンキでの産卵からのものであり「ホタルが定着した」といえます。この年から市民観察会を呼びかけましたが、多い日で24匹(22年)29匹(23年)観察されています。
造成したばかりの人工の環境に、大変順調に定着しました。「水」「陸」「空」の全ての環境を要求するホタルにとって沢水に潤された池・水路、イ草やスゲ類の茂る湿地状の岸辺などが気に入ったのでしょう。そして何よりも、人工の光の無い宵闇が気に入ったのでしょう。光で恋のシグナルを交わし飛翔する彼らにとって闇の空間は不可欠です。市街地に隣接していながら人工光の届かないイタンキの地形・環境は貴重です。逃げることを知らないホタルがビオトープ・イタンキに永く定着できるよう、そっと見守ってやりたいものです。
ハイイロゲンゴロウ
かつては「北海道には分布しない」とされていた種です。最近は道内でも散発的に見つかっているようですが、2009年、2010年とも、水草の少ない開放的な部分に多く見られました。
ヒメゲンゴロウ、マメゲンゴロウなどは既に定着していますが、大型種のゲンゴロウ(絶滅危惧種)やゲンゴロウモドキは見られません。これらの導入についても検討していきます。
ガムシ
2008年夏、大人の指ほどもある大きな幼虫が見つかりました。ブヨブヨの胴体にニッパーのような頑丈な大顎、ガムシです。
尾端で空気を呼吸して水中生活、頑丈な大顎で殻を砕きモノアラガイなどを食べます。成長すると上陸して地中に部屋を作って蛹となります。成虫も水生ですので、ゲンゴロウと混同している人もいますが、別グループでゲンゴロウほど水中生活に適応していません。「泳ぐ」というよりは水中を「歩く」という雰囲気です。
2009年春には卵嚢が10個近く見つかり、夏にかけて観察会のたびに大きな幼虫が見つかって子ども達の「注目の的」でした。幼虫時代の肉食から一転、成虫は植物食ですので、水草の茂ったビオトープは彼らの天国でしょう。
幼虫期を水中ですごし、成虫の移動能力が大きいトンボに関心の集まるところですが、下記22種が観察されています。北方系の希少種マダラヤンマの数が多いのと同時に、南方系のタイリクアカネ、コノシメトンボも多く見られます。
アオイトトンボ科 | アオイトトンボ、オツネントンボ |
イトトンボ科 | エゾイトトンボ、クロイトトンボ、アジアイトトンボ |
オニヤンマ科 | オニヤンマ |
ヤンマ科 | ルリボシヤンマ、オオルリボシヤンマ、マダラヤンマ、ギンヤンマ、クロスジギンヤンマ |
トンボ科 |
アキアカネ、ナツアカネ、タイリクアカネ、マユタテアカネ、ミヤマアカネ、ノシメトンボ、 コノシメトンボ、ショウジョウトンボ、ウスバキトンボ、シオカラトンボ、ヨツボシトンボ |
菌類は、動物や植物の遺体を分解し土(無機物)に還したり、また共生関係をもち、草木ともちつもたれつの生活をします。
海側に植樹したミヤマハンノキは条件が悪いのに見事に生長しています。写真に見られる根粒菌とともに、VA菌などが根元の地中でハンノキの生長を支えているのしょう。VA菌はアーバスキュラーとよばれ、植物のリン吸収を促進させる働きをします。
ミヤマハンノキは、ビオトープ周辺の植樹木の中では、どこでも一様に一回り大きく生長しています。まさに、パイオニア樹種なのです。そして、ある程度生長すると必ず、ハンノキと共生するハンノキイグチというきのこを発生させます。何年後か、ビオトープ周辺に植樹したものが、生長し林になったとき、そこにきっとハンノキイグチをはじめ、さまざまなきのこが発生することでしょう。
きのこにとって水分は大切な役割をもちます。雨が多いと砂地のきのこもあちこちに発生します。ビオトープから流れた水が、砂地に浸み込んだ表土にはいろんなきのこが発生します。
きっと、菌糸を地中深く伸ばして、水分を汲み上げているのでしょう。ですから、砂地のきのこは大雨の後などにコウボウムギ、ハマヒルガオなどにからまったり、寄り添ったりして点々と生えます。
そしてよく観察すると、きのこが多く発生する場所の下には水の流れがあるようなのです。
ことしの夏、ビオトープの排水路、下流に当たるところのコウボウムギの根元には、たくさんのきのこが発生しました。
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